
『ひとつずつ、ひとつずつ』――まず書ける小さな部分から
ひとつずつ、ひとつずつ:「書く」ことで人は癒される · 著者 アン・ラモット
目に見える部分から書き、粗い初稿が姿を現すのを待つ。周りの人にも、書き続けるための力を借りる。
読む言語: 日本語
解説の底本: 英語 · 原著言語の版
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版と出典
- 原著の言語
- 英語
- 解説の底本
- Bird by Bird: Some Instructions on Writing and Life · 英語 · 原著言語の版
- 出版社
- Anchor Books
- 出版年
- 2007
- ISBN
- 9780307424983
解説と引用は上記の底本に基づいています。以下に掲載する翻訳版の書誌情報は、この解説がその版を使用していることを意味しません。
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ひとつずつ、ひとつずつ:「書く」ことで人は癒される
ここに記載した日本語の出版版は書誌情報として紹介している。本ページの底本は、各言語版で共用する英語原著である。章名と摘録の訳文はMusesが英語から独自に訳したもので、この日本語出版版から採用したものではない。
確認日
ひとつずつ、ひとつずつ:「書く」ことで人は癒される
パンローリング · 2014 · ISBN 9784775941195 · 訳者 森尚子
この本について
- 作品の初出版
- 1994年・Pantheon Books
- 底本の電子書籍版
- 2007年刊・eISBN 9780307424983
- 本文が基づく版
- Anchor Books初版・1995年10月
- 本の形態
- 文章の書き方と、書く生活をめぐるエッセイ
- 構成
- 「はじめに」と5部。各部に収められた題名付きの章は計29章
- 原著の言語
- 英語
なぜ重要なのか
ラモットは、初稿や改稿の作業を、その周りにある迷い、嫉妬、助け、期待と結びつける。一インチの額縁、徐々に像が浮かぶポラロイド、頭の中の騒がしいラジオが、書き手にかかる重圧を目に見えるものにする。難航する原稿に向かうとき、とりわけ心強い一冊だ。緻密な構成の立て方や、書く仕事を続けていくための実務を求める読者には、ほかの資料も必要になる。
評価と広がり
- Penguin Random Houseは英語原著『Bird by Bird』をニューヨーク・タイムズのベストセラーとして紹介している。
出典
5分で要点を読む
「はじめに」と5部を、30の項目でたどる。まず言葉を書き、物語を見いだし、迷いと付き合い、人の力を借り、出版に向き合う。
核心命題
ラモットの出発点は、一インチの額縁だ。そこから見える小さな部分を書く。粗い初稿があれば、書き手には発見し、直していく材料ができる。学校の昼食、登場人物、会話、舞台を通じて、注意深く見ることが物語を育てるとわかる。直感、嫉妬、頭の中のラジオは、その注意を何が奪うかを示す。メモや電話、信頼できる読者は、書き続ける助けになる。後半では自分の声、与えること、出版への期待が扱われる。結果が見えなくても書き続けるための手がかりを、ラモット自身の仕事の経験から差し出す本だ。
本書の流れ
- 01
はじめに
本を読む家族、書き始めたころのこと、出版、喪失、教える仕事。そこに著者の助言が生まれる背景がある。
- 02
第1部 書くこと
小さな課題と粗い初稿から始める。記憶をたどって人物、プロット、会話、舞台へ進み、改稿と完成の問題に戻る。
- 03
第2部 書き手の心構え
丁寧な観察や信念と、うぬぼれ、自己不信、嫉妬がせめぎ合う。静かな声と騒がしい声に、ブロッコリーとKFKDという忘れがたい名前がつく。
- 04
第3部 途中で力を貸してくれるもの
カードが細部を残し、電話が疑問に答える。集まりや信頼できる読者が、書く仕事に他者を招き入れる。手紙や自分を満たす時間は、書けない時期を抜ける手がかりになる。
- 05
第4部 出版、そして書く理由はほかにも
大切な人のために書くこと、自分の声を見つけること、作品に与えることから、出版は実際に何をもたらすのかという難しい問いへ進む。
- 06
第5部 最後の授業
最後の授業は、子どものころの注意力と、経験を残し、ほかの人に届けるために書くことへ戻る。
全目次を表示(全30章)全目次を隠す
はじめに
- 01
はじめに
本に囲まれた生活から、最初の執筆、出版、悲しみ、教える仕事までを振り返る。助言は、その固有の歩みから生まれている。
第1部 書くこと
- 02
書き始める
座って、真実を伝えようとする。そうすることで、書くことが日々の仕事として手の届くものになる。
- 03
小さな課題
一インチの額縁と、鳥についてのレポートをめぐる家族の話が、手に負えない計画を次の小さな一部分に縮める。
- 04
クソみたいな初稿
粗い最初の試みが、よりよい第二稿、第三稿に必要な材料を生む。
- 05
完璧主義
最初から非の打ちどころのない仕上がりを求めると、直すものさえできないうちに筆が止まってしまう。
- 06
学校のお昼ごはん
食べ物、匂い、昼食を囲む人間関係が、子ども時代の世界を細部から呼び戻す。
- 07
ポラロイド写真
ポラロイドが現像されるように、原稿も、書き手が見ようとしているものを少しずつ浮かび上がらせる。
- 08
登場人物
人物を知ろうと時間をかけるうちに、望み、癖、秘密、矛盾が姿を現す。
- 09
プロット
人物が互いに求めること、互いにすることが出来事に結果をもたらし、プロットを育てる。
- 10
会話
耳を澄まし、声に出して読むことで、その言葉が話している人物のものになっているか確かめられる。
- 11
舞台をつくる
観察と調査が、人々の暮らしを伝える部屋や庭、物をもたらす。
- 12
うまくいかない書き出し
書き出しの失敗が思い込みを露わにし、書きたい対象に近づけてくれることがある。
- 13
物語の梗概
梗概を書くことで、すでに書いた材料がどんな形をしているか見えてくる。
- 14
書き終えたとどう判断するか
書き直し、人の反応を聞いたあと、どこで作業を終えるかは書き手が判断しなければならない。
第2部 書き手の心構え
- 15
まわりを見る
注意深く、敬意をもって見ることで、第一印象だけでは見えなかった人の姿が見えてくる。
- 16
倫理的な視点
書き手が大切にしていることが作品の中心になる。それは文章の中で息づいていなければならない。
- 17
ブロッコリー
ブロッコリーに耳を傾けよというおかしな助言が、意識的に制御しようとしすぎたとき、直感の居場所をつくる。
- 18
ラジオ局KFKD
KFKDは、うぬぼれと自己嫌悪をステレオで流し、書き手を自分の評価にかかりきりにする。
- 19
嫉妬
他人の成功が自信を揺さぶる。嫉妬を認め、話し、笑い、ときには距離を置くことで、その力を弱められる。
第3部 途中で力を貸してくれるもの
- 20
情報カード
折ったカードとペンがあれば、ラモットは思いつきや観察が消えてしまう前に、数語を書き留められる。
- 21
人に聞いてみる
詳しい人に尋ねれば、想像だけでは埋まらない穴を埋められることがある。
- 22
書き手の集まり
ほかの書き手と定期的に会うことで、意見や仲間、書き続けるための支えを得られる。
- 23
原稿を読んでくれる人
信頼できる読者は、ラモットが原稿を見直し、よくするのを助ける。書く責任は、あくまで彼女にある。
- 24
手紙
実在する相手に語りかけると文章がほぐれ、記憶や気持ちに再び手が届くことがある。
- 25
書けなくなるとき
あまり書けない時期を受け入れることで、自分の中を再び満たし始められる。
第4部 出版、そして書く理由はほかにも
- 26
贈り物として書く
文章は、世に出る前から、大切な人のために何かを残すことができる。
- 27
自分の声を見つける
模倣から学べることはある。それでも、自分が経験したことの真実には、自分の声が必要だ。
- 28
与えること
いちばんよい材料を、いま書いている作品に使う。そこに与えること自体にも報いがなければならない。
- 29
出版
書評、注目、新しい仕事。出版によって自己不信が解消するという期待の限界が見えてくる。
第5部 最後の授業
- 30
最後の授業
子どものころの注意力、正確な観察、書き続けること。本はそこから、ほかの人とのつながりへ向かう。
机に持ち帰りたい言葉
目次
一文も書かないうちから、書評や売れ行き、結末、そもそもこの本には書く価値があるのか、と心配してしまうことがある。アン・ラモットは、書く仕事をもう一度、手の届くところへ戻す。『ひとつずつ、ひとつずつ』では、小さな額縁も、見込みのなさそうな初稿も、ありふれた学校の昼食も、書き始める場所になる。
本書は、始め方だけを扱う本ではない。材料が人物や会話へ育っていく過程をたどり、嫉妬、信頼できる読者、消耗、出版への期待へと進む。ラモットが語る自身の執筆生活は、それらに共通の場を与えている。生活のあれこれが続く中で、一人の人間が仕事をしようとしている。その仕事にまつわる物や習慣、気恥ずかしい経験に寄り添うとき、彼女の助言はもっとも説得力を持つ。
一インチの額縁
ラモットは机に、一インチの額縁を置いている。それに気づくと、いま書くべきものは、その小さな枠から見えるものになる。
この額縁を見ると、一インチの枠を通して見えるものを書き留めればいいのだと思い出す。
この小ささに意味がある。一冊の小説を丸ごと考えると、まだ書いていない場面も、決着のつかない人間関係も、見通せない結末も、一度に机の上へ押し寄せる。額縁は、そのうちの小さな部分だけに向かっていいとラモットに教える。いま見えていることを書くあいだ、本の残りは待たせておける。
原題のもとになった家族の話でも、同じように大きさが変わる。手に負えない鳥のレポートも、一羽ずつなら取り組める。計画が今日の手に余るほど膨らんだときに戻れるイメージを、ラモットは読者に渡す。大きな仕事を効率よく管理しなさいと言われるより、ずっと記憶に残る。
ただし、額縁にできることには限りがある。小さな課題を集めても、順序や配分、つながりは決めなければならない。まず役立つのは、もっと単純な点だ。一文を書く前に頭の中で抱えておく本の量を、少なくできる。冒頭の章は、最終的な形がまだ見えない仕事にも、始める余地を与えている。
原著の参照箇所: 「はじめに」「書き始める」「小さな課題」。額縁と鳥のレポートは「小さな課題」に登場する。一部分を書き始めることと、一冊全体を組み立てることを分けて考えるのは、本稿による射程の読み取りである。
粗い初稿が、発見する材料になる
「クソみたいな初稿」という章名は、章を読む前から働きかけてくる。熟練の作家なら最初からすらすら書けるのだろうと思っていた読者に、あまり格好のよくない実情を見せる。初稿はぎこちなくてもいい。入り口を間違えてもいい。最初の試みが形になったからこそ、その後の稿には直せるものがある。
最初の段落へ何度も戻ってしまう書き手には、ありがたい助言だ。書き直すたびにその段落はよくなるかもしれないが、その先の場面は先送りにもなる。下手に書いてもいいというラモットの許しが、すぐに磨き上げようとしていたら出会えなかった材料を見つける余地をつくる。
その先に起こりうることを、彼女はポラロイドにたとえる。
初稿を書くことは、ポラロイド写真が現像されていくのを見ることによく似ている。
像がはっきりするまでには時間がかかる。原稿が何を扱おうとしているかも、同じかもしれない。最初に心を引かれた出来事より、ある関係のほうが重要になることがある。準備のつもりで書いた場面が、実は中心だったとわかることもある。これらは比喩から開かれる可能性であり、すべての原稿に同じ展開を求めるものではない。
うまくいかない書き出し、梗概、書き終える判断をめぐる章は、この辛抱強さを改稿へ持ち込む。捨てた書き出しが、誤った思い込みを明らかにすることがある。梗概は、すでにある材料を整理する助けになる。やがて書き手は、どの変更がまだ作品のためになるのか、いつ手放すのかを決めなければならない。粗い初稿を認めることで改稿ができるようになる。そして改稿には、なお十分な仕事が残る。
具体的な次の手順を知りたい読者は、粗い初稿から改稿を進める方法(英語)も参照できる。ラモットがまず与えてくれるのは、その作業に必要なページを生み出してみようという気持ちだ。
原著の参照箇所: 「クソみたいな初稿」「完璧主義」「ポラロイド写真」「うまくいかない書き出し」「物語の梗概」「書き終えたとどう判断するか」。ポラロイドの引用のあとに挙げた可能性は、比喩を本稿で展開したもの。原書にある別のエピソードではない。
学校の昼食、登場人物、物語の形
学校の昼食は、文章の授業で扱うには地味な材料に見える。けれども、食べ物や包み、匂い、テーブルを囲む人間関係から、子どもの世界がよみがえる。「学校のお昼ごはん」では、ごく普通の記憶が、子ども時代について大づかみに語るだけでは通り過ぎてしまう細部への入り口になる。
人物を扱う章にも、この注意が続いている。ラモットは、物語の人たちと時間を過ごすよう求める。望み、胸の内、癖、矛盾を知るためだ。最初の人物紹介だけでは、そのすべてを担えない。何をし、互いにどんな影響を与えるかを見ていくうちに、人物がわかってくる。
そう考えると、彼女が人物から育つプロットを好む理由も見えてくる。人が互いに何かを求めれば、その行動が結果を生み、書き手はそれをたどることになる。会話も、人物をどこまで知っているか確かめる手段だ。声に出してみると、そこにいる人の言葉ではなく、作者が場面を説明しているだけの台詞だと気づくかもしれない。部屋や物も大切になる。舞台は、その人たちが暮らし、動く具体的な場所を与える。
指示どおりにこなす作業になってしまった原稿へ、好奇心を取り戻すことに、ラモットはとりわけ長けている。一方、複雑な構成をあらかじめ調整したい読者には、自分で補う仕事が多く残る。後に出てくる梗概の話は材料を理解する助けになるが、この本が詳しく教えるのは、入り組んだ小説を初めから設計することより、材料を見いだすことだ。人物や細部に向ける丁寧な注意は、構成案と併用できる。
この緊張関係が実りをもたらす。計画は、大きな仕事をまとめておく助けになる。書き進めたページのほうから、その計画を変える理由が現れることもある。
原著の参照箇所: 「学校のお昼ごはん」「ポラロイド写真」「登場人物」「プロット」「会話」「舞台をつくる」「物語の梗概」。先に計画を立てる書き手にこの方法が何をもたらすかという評価は、本稿の編集上の判断である。
ブロッコリーと頭の中のラジオ
直感について、ラモットは思いがけない指示をする。
自分のブロッコリーに耳を傾けよう。
この奇妙さが役に立つ。「ブロッコリー」は、意識して頑張りすぎたときに、もっと静かな方向感覚へ耳を澄ませるよう促す。この章があるのは、よく見ること、大切なものを見つけること、注意を奪い合う雑音との付き合い方を考える部分だ。
その雑音がいちばん騒がしくなった姿が、KFKDである。一方の放送は、自分がいかに特別で重要な書き手かをたたえる。もう一方は失敗や不十分さばかりを並べる。どちらも、原稿のためだったはずの午後を丸ごと吸い込んでしまう。自己陶酔と自己嫌悪が、いかに隣り合わせに暮らしているかを言い当てた冗談だ。
嫉妬は、別の書き手を、本人がいなくても部屋へ連れてくる。人の成功が頭から離れなくなる。ラモットは嫉妬を、書く生活につきものの、なじみ深く居心地の悪い感情として扱う。認めること、人と話すこと、笑いを見つけること、ときには距離を置くこと。それらが、嫉妬の支配を弱める手だてになる。
前後の章は、この話を文章そのものにつなぎとめる。「まわりを見る」は他者への注意を求める。「倫理的な視点」は、作品に込めたいほど深く大切にしているものは何かを問う。合わせて読むと、頭の中の放送に払う代償が見える。称賛されるか、足りないと見なされるかに気を取られているあいだ、ほかの誰かへ向けられる注意は少なくなる。
原著の参照箇所: 「まわりを見る」「倫理的な視点」「ブロッコリー」「ラジオ局KFKD」「嫉妬」。最後に述べた、自己へのとらわれと他者への注意の関係は、本稿が章を横断して読み取ったものだ。
一人で書く人を助ける人たち
情報カードはポケットに入るほど小さい。ラモットはそれを折り、ペンと一緒に後ろのポケットへ入れて持ち歩くという。何かを思いついたり、覚えておきたいものに出会ったりしたとき、数語を書き留めるためだ。机に戻るまでに細部がどれほど簡単に消えてしまうかを、心得た習慣である。
「途中で力を貸してくれるもの」のほかの章は、この実際的な支えを広げていく。電話を一本かければ、事実がわかることがある。集まりに参加すれば仲間ができ、ほかの人の文章と定期的に出会える。手紙を書くと、文章には語りかける相手ができる。それぞれが、次のページを書くための異なる条件を変える。
信頼できる原稿の読み手は、とりわけ繊細な役割を担う。ラモットは編集者やエージェントに送る前に、二人のうちのどちらかに原稿を見せると書いている。二人が関わることで安心とつながりを感じ、よりよい仕事をページに載せられる。それでも、書くのは彼女だ。
この分担は、はっきりさせておきたい。読者は、どこで話についていけなくなったか、どこで人物の行動が信じられなくなったかを伝えられる。それにどう応じるかは、作者が決める。役立つ助けは、一つひとつの提案を命令に変えずに、原稿を見る別の目を与えてくれる。
もっと頑張ろうとしても、ほとんど何も生まれない時期もある。「書けなくなるとき」は、消耗していること、再び自分を満たす必要があることを認める。メモ、電話、集まり、読者についての章と並べると、書く一日の見え方が広がる。仕事を支えるものの一部は、いま書いている一文から離れたところで生まれるのだ。
原著の参照箇所: 「情報カード」「人に聞いてみる」「書き手の集まり」「原稿を読んでくれる人」「手紙」「書けなくなるとき」。作者が反応をどう生かすかという議論は本稿の解釈。信頼する二人の読者については「原稿を読んでくれる人」による。
声は丸ごと借りられない
好きな作家をまねることで、リズムを学んだり、新しい語り方が見えたりする。「自分の声を見つける」で、ラモットはそうした借り物を認めたうえで、それでも解けない難しさに踏み込む。
他人の大きな暗闇から書くことはできない。自分自身の暗闇からしか書けない。
この言葉の直前では、経験の真実と、書き手自身の声が結びつけられている。借りた言い回しが問題になるのは、この人が何を言いたいのかを読者から遠ざけるときだ。ひと目でそれとわかる文体が、正確な観察の欠如を覆い隠すこともある。
「自分の声を見つける」の前後の章は、書く目的に、もう一人の人を招き入れる。文章は贈り物にもなる。経験を残すため、大切な人に渡すためにつくるものだ。「与えること」は、いちばんよい材料を、いま取り組んでいる作品に注ぐよう求める。こうした関心によって、声は文の響きだけの問題ではなくなる。その文が応えるべき何かと、誰かが生まれる。
敬愛する作家から学ぼうとする読者には、厳しい区別だ。文がどう働くかを学べば、使える道具はよくなる。何を語る価値があると考え、それをどこまで誠実に語るか。その選択は、書き手自身の仕事として残る。
原著の参照箇所: 「贈り物として書く」「自分の声を見つける」「与えること」。引用は「自分の声を見つける」から。文章の技を学ぶことと、何を語るかを選ぶことを分けて考えるのは、本稿の解釈である。
出版しても残るもの
出版によって読者や仕事の機会を得られることはある。ラモットが気にかけるのは、書き手がそこに託してしまう、もっと大きな期待だ。揺らがない自信、居場所、不確かさからの解放。「出版」の章は、書評が出たり出なかったりすること、また先の見えない新しい仕事へ戻ることなど、成功に伴って人目にさらされる経験を追う。
その期待をばっさり切る彼女の態度は、小気味よい。ただし、その言葉を極端に受け取ってしまうおそれもある。契約や収入、読者の広がりを気にするのには、現実的な理由がある。この本がより役立つのは、職業としての歩みを築く実務より、出版に背負わせてしまう感情の重荷についてだ。実務など大切ではないというふりをしなくても、その価値は失われない。
「贈り物として書く」と「与えること」は、出版が決まらないうちから成り立つ、書く理由を差し出す。文章は、誰かのために経験を残せる。書かなければ口にされないままだったことを伝えられる。「最後の授業」では、注意は子ども時代と、かつて世界を鮮やかにしていた細部へ戻る。その回帰によって本は、書くものが見つかるほど近くで見るという行為へ戻ってくる。
次に机に向かうときには、原稿の中から、実際に目に浮かぶ小さな部分を一つ選んでほしい。そこに何かを発見するところまで書く。ぎこちない文は、周りに直すための材料が増えるまで、ぎこちないままでかまわない。これが本稿から提案する練習だ。次の稿に余地を残しながら、小さくページへ戻る。
本の残りは、明日もそこにある。今日は、その一部分が机の上にある。
原著の参照箇所: 「贈り物として書く」「与えること」「出版」「最後の授業」。結びの練習は「小さな課題」「クソみたいな初稿」も踏まえている。職業上の問いに対する本書の有用性の評価と、最後の練習は、本稿によるものである。
本稿と翻訳について: 本ページの章名と引用文は、2007年電子書籍版(eISBN 9780307424983)のもとになった英語本文から、Musesが訳したものだ。日本語の出版訳から採用したものではない。本文には、1995年10月のAnchor Books初版に基づくと記されており、作品そのものは1994年にPantheon Booksから初めて出版された。上の7節は、Musesによる本書の読み解きである。全体をたどる30項目の一覧は、ページ冒頭の概要欄に掲載している。